「恥ずかしい」という感覚
毎月恒例の「目標カード発表会」。
毎回個人目標の発表と別に部門の取組事例発表を自主的にやってくれています。今回は制作部の徳Buchi氏。プリプレスで新しいCTPプレートのテストで、品質、作業性、コストの面についてプレゼンしてくれました。
元来、人柄がよくシャイで朴訥な徳Buchiさんですが、最近は積極的に人前に出てくれています。今回も伝えたいことが明確でわかりやすく、彼の癒しキャラがよいアクセントとなってとても良い発表でした。
弊社のような製造業やクリエイティブ職を希望する方には、シャイな人が多いように感じます。勿論、人には個性や特性がありますから、「向き不向き」や「好き嫌い」はあるでしょう。けれど、苦手なことって「やったことがない」から苦手に感じる。「思い込み」や過去の「トラウマ」が邪魔していることが多いと思うのは僕だけでしょうか。
人間も動物ですから「習慣の生き物」です。過去に一度でも人前で恥ずかしい思いがあれば、それは脳にインプットされ、そういうシチュエーションになるとチャンスだとわかっていても体が動かなくなる。
失敗したら恥ずかしいという感覚は、個人差はあれど誰にもあるでしょう。けれど、「恥ずかしい」という脅迫観念から解放されれば、人間の可能性って無限に広がるように感じます。
僕にだって「恥ずかしい」っていう感覚はあります。「もうイイ年の経営者のくせにそんなことも知らないのか・・・」なんて思われやしないかと、上げようと思った手がなかなか上がらないこともあります。「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」なんて諺があるくらいですから、日本人は昔からそうだったのでしょう。
たまに全く臆することなく初歩的な事を質問できる、いい意味でKYな人がいます。周囲から失笑を買っても、僕はそういう人を尊敬することがある。初歩的なことでも、「知らないから教えて」と素直に言える人には誰もが親身に教えてくれます。そういう人は、「知ったこと」を必ず実行に移し成長するようです。結局、人の成長って「小さな成功体験」の積み重ねなんですよね。
僕も随分恥をかいて生きてきました。でも、本当の恥って「知らないこと」や「できないこと」ではなく、駐車場の身障者用スペースに平然とクルマを止めることや、電車やバスで高齢者や妊婦が立っているのに席を譲ろうともしない人としての感性が鈍いこと。そして、「成長しようとしない自分」に甘んじていることではないかと思うのですが、皆さんはいかがでしょうか?









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